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zoom RSS テーマ「仏教美術」のブログ記事

みんなの「仏教美術」ブログ

タイトル 日 時
天上の音色ふたたび
天上の音色ふたたび 骨董には『手元に置いていつも眺め、触れては楽しむ』ものと、後生大事に秘蔵してしまい込み』、持ち主すら滅多に拝めない(?)ものがある。(少なくとも私の中では。) かといって忘れているわけでもなければ愛着がないわけでもない。むしろ愛着が強いために滅多にださない。なんだかパラドキシカル(逆説的)な心理がはたらくのは私だけだろうか。 そんな気持ちになるもののひとつがこれ。 チリチリチリ。 前にも登場した『推古の鈴』である。法隆寺伝来の、推古天皇の寝台に付けられた、はたまた国宝『天寿国繍帳』に付帯... ...続きを見る

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2011/01/09 18:30
小さな神様〜『弁財天十五童子』
小さな神様〜『弁財天十五童子』 新年早々、奈良から飛来した(実際には私が買いに行ったのだが。)神様ふたり。一人は壺を抱え、もうひとりもなにやら持っている。 背の丈は5センチに満たない。まさに一寸法師のような小さな神様。 弁財天に近侍する『弁財天十五童子』の内。『弁財天〜』の思想は室町時代を起源とするらしい。あるいは、その流行が室町時代に始まったと云うことか。 この像は室町時代とまでは明確にいえないが近世以前(室町末期から江戸時代初期ころ)の作らしい。 精緻な木彫で表情が愛くるしい。 主人である弁財天やほかの十三人の同... ...続きを見る

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2011/01/08 23:45
ただ尊くて〜
ただ尊くて〜 最近、体調が悪かったせいか、かなり気弱な気分になっていた私。ようやく元気になってふと気がつけばはや、世の中は年の暮れである。 人間、心身ともに弱っている時にはなにかに縋りたくなるものだ。 書斎に籠ってまわりを見渡してみれば棚の上に置かれた御正体(みしょうたい)が眼についた。先日、奈良で買ったものだ。ほかにもほしいものが沢山あったことや懐が淋しいことから、一旦は諦めたのだが、帰りの駅の切符を買って、それでも心にひっかかるものをおぼえて、もと来た道を引き返し、「どうしたんですか?」と驚く店のご主... ...続きを見る

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2010/12/29 13:27
古代の音色に
古代の音色に 最近偶然読んだ梓澤 要『阿修羅』という本の一節に葛城王(のちの橘諸兄)だったかが屋敷の軒に吊るされている風鐸をねだって貰い受ける場面がある。何故か、そのシーンが深く印象に残って忘れられずにいた。折しも今年は平城京遷都1300年。先だっての東博での展覧会以来、奈良時代を代表する仏教彫刻である『阿修羅像』は 本来の御座所である興福寺に戻られて猶、その御顔を一目見ようと言う観光客の方々に大人気である。 そうなると、ややへそ曲がりの私としてはもう少しこの熱狂が冷めてから密やかにご尊顔を拝したいものだ... ...続きを見る

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2010/12/08 22:44
奈辺の小物たち〜天部の手
奈辺の小物たち〜天部の手 仏像を眺めるとき、まずどこからみるか。ーもちろん、人によって意見は様々。また見る対象によっても異なるのは言うまでもない。最近では大ブームを巻き起こした奈良 興福寺の阿修羅像。昔から有名なものだが博物館での斬新な演出展示も功をなしてモナリザ以来の空前の拝観者数を誇ったと聞く。あの一見、憂いに満ちたような玄妙な表情は、確かにまず、その顔(かんばせ)に眼が行くのは当然であろう。ほかにも蓮華王院の神将像はそのダイナミックな動きに眼を奪われる。 それはともかく、観仏の際に特に気になるのはやはりその手であ... ...続きを見る

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2010/11/24 22:43
架蔵名品撰〜白描絵巻 『法然上人絵伝』断簡
架蔵名品撰〜白描絵巻 『法然上人絵伝』断簡 昔から絵巻物、とくに白描画が好きである。これまでもわがしがないコレクター歴のなかで白描 『源氏物語』絵巻(慶応三年七月本)などを買ったりはしたのだが、できれば生涯に二点、『鳥獣戯画』(甲種)の断簡と目無経の断簡がほしい。というのは狂人の戯言に等しいかもしれないが、それでなくともせめて室町時代くらいの、と念じてみる。その甲斐あってか、『紀長谷雄草子』断簡とこの『法然上人絵伝』断簡の二本を持っている。ほかには粉本などを数点といったところか。ところで、本当に『法然上人絵伝』なのか?と訊かれるといささか... ...続きを見る

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2010/08/15 00:08
天部を眺めて
天部を眺めて 時折、ふと京都、奈良に仏像が観に行きたいなどと考えるのだが、なかなか時間もなく、またこの暑さでおもいきってどこかへでかけようという気すらおきないのが現状である。 それなら家にあるものでも眺めて少しその気分に浸ろうかという安直な考えでいつもは鬼門の方向を守っている(?)小さな天部を持ち出してみる。 像高は台部を含めて30センチくらい。全体に胡粉と鮮やかな朱や緑、青などの彩色が残っているために、一見、江戸時代くらいのものに見えるが実際は室町時代くらいのものだそうだ。手を腰にあてて遠く先をみつめる... ...続きを見る

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2010/08/14 09:56
愛し愛されし者の記憶
愛し愛されし者の記憶 くだんの友人と出かけた『東京骨董旅行』も今年ではや2度目。最後のトリにと訪れたギャラリーは数ヶ月前に訪れて以来、東京に行ったら必ず足を運ぶ古玩舗である。その店の扉を開けた途端に眼に飛び込んできた一幅の絵画。乳飲み子を抱いて乳を含ませるその姿は母の慈愛に満ちていながら、その胸元に刻まれた卍の印が、その女性(ひと)の業(ごう)を表しているかのようである。そのくせ、蓮弁の台座に坐するその姿はかの人の神々しい出自を示唆しているかのようで、そのなんとなく漂う恐ろしさのような妖しさに心奪われ、まるで夢うつつ... ...続きを見る

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2010/07/28 02:31
古筆切逍遥〜その22 東大寺八幡経 重源上人大仏伽藍再建願経
古筆切逍遥〜その22 東大寺八幡経 重源上人大仏伽藍再建願経 東大寺八幡経は私の憧れの写経のひとつであった。以前に述べたように中学、高校時代に「紙を勉強するなら経切を蒐めなさい。」と教えられ初めて買った写経のひとつであったこともあるが、『平家物語』にも登場する治承4(1180)年の平重衡(清盛の五男。1157〜1185。)による大仏殿伽藍焼討とそれを再建しようとした僧 重源(ちょうげん:法然の弟子。1121〜1206。)の事蹟は学校の日本史の授業でも習ったこともあって歴史の一コマを身近に感じさせるこの経切におおいに惹かれたものである。さらには黄楮紙の鮮やか... ...続きを見る

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2010/07/04 05:00
祈りのかたち〜長門国 安養寺五輪塔式泥塔
祈りのかたち〜長門国 安養寺五輪塔式泥塔 私がもっとも欲しいと熱望してきた泥塔。高校生のときに知人のコレクションのなかに見つけて以来、ずっと憧れてきた鎌倉時代の造形。幾度、この泥塔を夢に見ただろうか。手に入れて嬉しさのあまり掌のなかへ包み込んだところでいつも目が醒めた、まだ、その感触を手に感じながら幾度、落涙したことだろうか。 その泥塔が最近、20年の時を経てようやく手に入った。その喜びは欣喜雀躍、ものにたとえようのない「奇跡」。 おそらく日本で1、2を争うであろう、有数の仏教美術コレクターの蔵品だった。 この先、手放すことはない... ...続きを見る

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2010/06/27 22:45
古筆切逍遥〜その16  万里小路宣房 筆『笠置切』
古筆切逍遥〜その16  万里小路宣房 筆『笠置切』  その昔、中学生だった私に『紙の時代(年代)を勉強するためには、まず「経切」から入りなさい。」と教えてくださったのは戦後、「中京(東海地方)にこの店あり。」と知られた古典籍商の2代目だった方。当時、ある事情から平安、鎌倉時代はおろか、天平経や敦煌経といった経切が巷に横溢していた。一見、綺麗な紺紙金泥経も「鎌倉(時代)のものでは値段がつきません。」などと言われていたあの頃、それでも小遣いで買える手頃さから字体の美しいものを選りすぐって一枚、二枚と買ったものである。そこで、平安と鎌倉の時代の見分けか... ...続きを見る

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2010/06/19 23:35
蓮のうてなに
蓮のうてなに 私が蓮弁に心惹かれるのは少年の日に読んだ安東次男の随筆の影響にほかならないが、それ以上に、その形状が我が欲心を惹起するらしい。本来、仏が鎮座まします蓮の台(うてな)は当然のごとく蓮の葉の形をイメージして造られた。今でも池の中に咲く蓮の葉は花から零れる朝露を受け止める皿のごとくあることから、古来、迷える人々をあまねく救いあげようという発想が蓮台のもととなったのではなかろうか。 蓮台を織りなす一葉、一葉の蓮弁も当然のごとくその葉先は少しばかり上向き加減でまるで大きなスプーンを連想してしまう。 そ... ...続きを見る

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2010/06/18 00:02
祈りのかたち〜仏手残欠 その2
祈りのかたち〜仏手残欠 その2 私の仏手に寄せる想い、それは前述した通りである。そのふくよかな手が愛おしい。そんなわけで仏手を探していたのだが、先に出会ったのは実はこちらの手である。もう、それは手というより腕なのだが。いかにも素朴であり、また少し朽ちているその手。掌はあまねく衆生を救済するための水掻きの跡が残っている。それでいて丸みを帯びて朽ち果ててなお、気高く愛おしい。元は観音の腕であったのだろうか。平安の造仏である。これを譲ってくださったご主人曰く、もとの所有者は私と同じ生業(なりわい)の方であるそうだ。時に人智を越えるか... ...続きを見る

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2010/05/05 02:52
祈りのかたち〜仏手残欠
祈りのかたち〜仏手残欠 骨董好きにとって明確な目的をもって旅にでてもほしいものに巡り会うことができる偶然は極めて稀なことといえるだろう。たとえば「李朝の粉引の徳利がほしい。」と念じていても旅先で運良くこれに出会い、首尾よく入手できたというような幸運はよほど懐具合を熱帯気候にして超一流店を訪れる場合は別として、欲しいものこそ湯水の如くあって懐には季節忘れのブリザードが吹き荒れている私のような身の上においては限りなく希有なことと言わざるをえない。それでも、骨董の神様(?)が世に存在するか否かは知らぬが、ときにはモノとの出会... ...続きを見る

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2010/05/05 01:28
祈りのかたち〜仏手残欠
祈りのかたち〜仏手残欠  一見、木片かとも見えた仏の手。二寸(約6.6センチ)にも満たない、その手は左手の上に右手を重ねて法界定印(ほうかいじょういん)の印相を結んでいる。おそらくは釈迦か阿弥陀といった如来の手であったのだろう。 時代は江戸時代初から中期といったところ。平安や鎌倉といった躍動感や豊かな表現力は失われ、形骸化した。その仏は田舎の仏師の手になる民衆仏のそれかも知れぬ。 それでも、その手をしっかりと重ねあわせてあまねく一切の衆生を救わんとする仏の心が示されているかのようでなぜか切なくもありがたく感じられて... ...続きを見る

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2010/04/25 01:32
巡り逢わせて〜当年骨董買い初め
巡り逢わせて〜当年骨董買い初め  私が仏教美術第一号として藤原の蓮弁を購ったのは一昨年前。敬愛する詩人にして骨董収集家 安東次男の著書に啓発された話を書いた覚えがある。『蜩の亡骸』を置いて無聊を託つ夢は未だ果たしてはいないが、この蓮弁は今もわが貧庫にありて時折、出してみては独り悦に入(い)る有様。昨日、図らずもそのツレに出会う仕儀と相成った。「骨董好きにとって年初めの『初買い』というものは一年の計を図る上に重要な役割をもつ。」とは私の勝手な持論のひとつなのだが、くだんのギャラリーを訪れた私を出迎えてくれたのはいつもの温厚で物腰... ...続きを見る

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2010/01/17 17:37
奈辺の小物たち〜天上の音色
奈辺の小物たち〜天上の音色  チリチリチリ。その音(ね)は確かにそう鳴った。この瞬間、私は確かに「恋」に落ちたといって過言ではない。思い起こせば昨年の冬。古都に映える夕暮れに背をむけて訪れた一軒の老舗。いつかこの店でなにか買ってみたいと思っていたその店の片隅にこの鈴はあった。鈍く光りを放つ鍍金、金銅の小さな鈴。奈良 法隆寺伝来の幡垂飾。一説に推古天皇の几帳の金具とも、天寿国繍帳についていた垂飾ともいわれる、この鈴は文永年間(1264〜1274)に法隆寺で「発見」されたと云う。その所在は鈴の音によって知れたとものの本には記さ... ...続きを見る

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2009/12/15 23:13
祈りのかたち
祈りのかたち  はじめて『瓦』を興味の対象として認識したのはいつのことであっただろうか。家の近くの資料館に並べられた白鳳時代の瓦をみてもその白っぽい断片に『美』を感じることはなかったような気がする。ガラス越しに見たそれらは何かえらく無機質なものに見えたものだ。それが一転、興味をおぼえるようになったのは高校生の頃。  偶然、友人から貰ったある仏閣の瓦がきっかけであった。『三つ葉葵』の紋が刻まれた鐙瓦の断片を手にしたとたん、私のなかで歴史がより身近なものに感じられ、これが私と『瓦』との出会いとなった。 それか... ...続きを見る

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2009/11/21 23:08
祈りのかたち
祈りのかたち  あれからすでに1年以上が経とうとしている。なにか、「小さな物でよいから祈りを感じさせる仏教美術の残欠がほしい。」と古都 奈良に降り立った春の日。平城京遷都1300年を心待ちにする町なかの喧噪を逃れてのどかな田舎道を歩いた。住所をたよりにようやくたどり着いたお屋敷は古玩舗を探して彷徨う私の見当を外れ、当てのない迷宮へと誘(いざな)っていた。やがて立ち尽くした現れた訪問者を温かく迎え入れてくださったご主人に、「何かありませんか?」と勇気を振り絞って訊ねれば、遠来の珍客(?)になにか頒けてあげよう。... ...続きを見る

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2009/11/19 23:13
祈りのかたち
祈りのかたち  ここに一体の地蔵尊がある。掌のなかにすっぽりと収まってしまう大きさで決して華美ではなく、長き風雪を堪えてきたかのごとき御仏(みほとけ)の姿。後からついてくる数多の衆生に気づかうかのごとく御顔をすこし傾けている。奈良の古刹 元興寺極楽坊に伝来した中世の人々の祈りのかたち。千体地蔵尊。  胡粉も剥げ落ち、多数の虫穴に見舞われながら今まさに朽ち果てんとする御姿は一片の木っ端に似たり。それでいて限りなく愛らしく、尊く、さらに造仏から数百年をへてなお、現代の迷える私をも救ってくださりそうな「お地蔵さま... ...続きを見る

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2009/11/15 16:53
祈りのかたち
祈りのかたち  一番最初に買った仏教美術はなんだろう。ふと考えてみる。  それは、泥塔。護摩の煙(けぶり)に燻されたかのごとく漆黒になった箸尾の泥塔であった。高校生の頃、一目見て大いに気に入り、無理を重ねてようやく手に入れたそれは、あきらかに数百年の歴史を土塊(つちくれ)の内に宿していた。それから数年、どうしても他にほしいものを見いだし、また、いつか買えるだろうと手放したが、十数年を経ても眼前に現れることなくただ瞼裏にその影を宿すのみである。  それが縁となってか、いまだに泥塔を探す心の旅はその終着をむか... ...続きを見る

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2009/10/21 23:52
祈りのかたち〜その3 善導大師 頂相 神護寺経合装
祈りのかたち〜その3 善導大師 頂相 神護寺経合装  秋は実りの季節であると同時に感傷の季節であるように思えるのは私だけであろうか。暑く何かと忙しい夏が終わり秋の夜長を楽しむ心の余裕が生じるためかもしれぬ。「もの想う」気持ちがさらには「もの憂い」となるのは心に余裕が生じるためである。と習ったのは確か高校時代の宗教の時間だったかもしれない。仏教系の進学校であった中高一環教育のなかで過ごした少年時代、何が何やら判らぬうちに終わった『法話』を今、あらためて聞いてみたい気もするが、籠を放たれた青い鳥が帰巣しないように過ぎ去った時間は戻ってはこないのである... ...続きを見る

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2009/09/06 22:42
祈りのかたち〜その2 色定法師 一筆一切経断簡
祈りのかたち〜その2 色定法師 一筆一切経断簡  高校生のとき、初めて写経を買った。そのとき買ったものは今はもう手放してしまったが天平時代の『法隆寺虫喰経』の断簡三行である。学校の帰りに毎日のように通っていた古書肆の主人に「紙の時代を勉強するなら経切(きょうぎれ:お経の断簡)を蒐めるといいよ。」と教えられ一ヶ月分の小遣いをはたいて譲ってもらった。それまで古銭でしか触れ得なかった千二百年前の人の息づかいを一片の紙に見いだし、以来、経切蒐集は私のライフワークの一端を担うこととなった。一般に「写経は天平時代のものが『書』として最も優れており、平安時... ...続きを見る

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2009/08/28 20:42
祈りのかたち〜泥製 宝筐印塔
祈りのかたち〜泥製 宝筐印塔 今かりに、「仏教美術のなかでとくに好きなものはなにか。」と訊ねられたならば私は迷わず、「泥塔」と答えるだろう。あの素朴でありながら力強さすら感じさせる造形がたまらなく好きだ。『泥塔』(でいとう)とは読んで字の如く、泥でできた塔のことである。元々、五穀豊穣を祈るために造られたものらしいが、その起源は古く、インドのアショカ王が釈迦入滅の折りに八万四千体の塔をつくり、その仏舎利(骨)を分納したことがはじまりらしい。日本の泥塔も奈良時代のものから鎌倉、南北朝に至るまで実に数多くの多彩な物が造られた。この... ...続きを見る

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2009/08/27 23:02
奈辺の小物たち〜仏手残欠
奈辺の小物たち〜仏手残欠  仏教美術のなかで、最もほしいものの一つが仏の手の残欠、いわゆる仏手(ぶっしゅ)である。その発想の源流はやはり安東次男のあの漆箔の仏手に行きつくのであろうが、あの赤ちゃんの手のように丸みを帯びた手の残欠は本当に愛らしく愛おしい。一度、東京の某有名店に、これほどのものは見たことがないと思われるような逸品がでて、一晩なやんだ挙げ句、意を決して電話したところ、「昨日売れました。」と言われた時には大きな喪失感すら味わったものだ。そんな名品には及ぶべくもないが大好きな手のひとつがこれ。小さい。小さいながら... ...続きを見る

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2009/08/26 00:00
 野分(のわき)の後で〜仏教美術コレクション 河瀬無窮亭旧蔵 蓮弁
 野分(のわき)の後で〜仏教美術コレクション 河瀬無窮亭旧蔵 蓮弁 思い起こせば昨年のこと。大型台風が過ぎ去り、晴天一過の翌日、馴染みの骨董屋を訪れた私に、店の主人が努めて平静に、「仏教美術に興味はありますか?」と宣った。「もちろん。」即答の私に主人が続けて言うには、「実は昨日、調子の良い蓮弁を見まして。」とのこと。「どこで?」と訊く私。台風の影響で市(いち)にたいしたものがでなかったために早めに切り上げていくつか店を廻ったのだそうだ。そこで見せられた品(しな)とのこと。話を訊いて10分後には「私、それ買います。先方に連絡してください。」と宣言していた。1週間後... ...続きを見る

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2009/06/17 23:40
古代の輝き〜架蔵 古墳時代『金環』
古代の輝き〜架蔵 古墳時代『金環』 中学時代、夏休みに市民ボランティアで遺跡の発掘に行って以来、古代への並々ならぬ憧れを抱いている。そもそも。当時の歴史教育では縄文、弥生ときて卑弥呼からいきなり倭の五王へとび、応神、仁徳陵(最近は大仙古墳と呼ぶらしい。)の話の次は欽明天皇、推古天皇、聖徳太子と続いていた。一見、一貫性があるようにも聞こえる弥生時代から古墳時代への流れは実は定点的でいまいち習わなかった気がする。その反動だろうか、古代の遺物に人一倍、関心がある。昔、日本史の教諭であった恩師が考古資料は発掘地が特定されて初めて考古資料た... ...続きを見る

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2009/06/11 22:50
仏教美術のコレクション〜金峯山埋蔵『三鈷杵残欠』
仏教美術のコレクション〜金峯山埋蔵『三鈷杵残欠』 奈良の金峯山(きんぷせん)は山岳信仰、修験道の聖地である。蔵王権現を本尊として役小角(えんのおづぬ)の開基とされる。金峯山山頂付近には数多くの経塚が造られ、様々なものが喜捨、奉納されたと伝え聞くが、この三鈷杵(さんこしょ)の残欠もそのひとつと云われる。ある仏教美術コレクターの旧蔵品であるが縁あって入手したもののひとつ。平安時代の作。おちついた山銅(やまがね)の調子が好ましい。時折、眺めては歴史をふり返ってみると山岳信仰については何も知らない私でさえ、なんだか荘厳な気持ちになるから不思議である。 ... ...続きを見る

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2009/06/07 20:33
仏教美術のコレクション〜日吉大社脇侍『神猿』
仏教美術のコレクション〜日吉大社脇侍『神猿』 日吉大社の守護神は猿である。神の猿と書いて「まさる」と呼ぶらしい。いうまでもないが、「まさる」は魔が去る、勝るに通じる。もともと、日吉大社が御所の東北に位置するところから猿を祭神としたらしい。ある仏教美術コレクターが手放したもので平安時代の作とされているが縁あって我が庵(いほ)の住人となった。白木で辛うじて掌に乗るくらいの大きさ。手には桃を抱えている。その表情は素朴で愛らしい。   <神猿 平安時代> ...続きを見る

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2009/06/07 20:30
仏教美術〜少年の日の夢と初めての買い物
仏教美術〜少年の日の夢と初めての買い物  今もそうかもしれないが、私は子供の頃から勉強するのが嫌いであった。中学、高校時代は歴史小説や化石、鉱物採集に夢中になり、たまに「図書館に勉強しに行ってくる。」と言っては、参考書を横に押しやり近くの資料館で鏃を眺めたり、歴史の本や文学全集などを読むことが好きだった。マーク=トウェインやコナン=ドイル、モーリス=ルブランなどが愛読書であり、退屈な日常から抜け出して19世紀のアメリカで山賊や海賊になりたいなどと他愛もないことを空想したりしていた。さらに歴史好きが高じて骨董に興味を持ちはじめたとき、安... ...続きを見る

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2009/05/20 23:50
鏡のはなし
鏡のはなし 仏教美術の一分野に金工、とくに鏡がある。鏡といえば、嘗て紀元3世紀に三国志で有名な魏から女王 卑弥呼がもらったとされる三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)を始め、垂涎の名品が数多くあるが、やはり平安から鎌倉初期あたりの和鏡、とくに発掘品ではなくできれば伝世のものが望ましい。私もいつかはそんな一面を入手して末永く愛蔵したいものだと日頃から願っているひとりだが、そんな幸運はなかなか巡ってこない。また、とても私の購いうるものではない。それならば、せめて室町のものでもないものか。と探して出会った... ...続きを見る

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2009/05/13 21:36
尊きもの。
尊きもの。 仏教美術を集めはじめて欲しいと切望するもののひとつに浄瑠璃寺の印仏(摺仏)がある。実は数年前、地元の某ギャラリーで百体一版の残欠をさらに数体ずつ有志で頒けたのであるが、いつのまにか飛行(ひぎょう)してしまい、長く手元になかったのだが、最近、京都の某骨董屋で見かけ、結縁(けちえん)した。十二体一版の蓮弁が複弁の一葉。九体阿弥陀仏の本尊の胎内から見つかったそれは、市井(しせい)に散逸しながらもなお、個々に藤原(平安時代)の香ゆたかである。 ...続きを見る

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2009/05/04 14:23
奈良随想 2
奈良随想 2 奈良について もう一題。 実は奈良で仏教美術を買いはじめたのは極最近のこと。昨年、名前だけは以前から知っていた某古美術店であまりの可愛さに買ってしまった、いわば「初めての買い物」。 東大寺観音院伝来と伝えられる千体仏の地蔵菩薩。時代は鎌倉ときいたが、あるいは室町かもしれない。大きさは二寸(約6センチ)に満たない。もしかしたら、かの『壺法師』、上司海雲師も愛玩したかもしれないな。と考えてしまう。再建された大仏と同じくらいの時代をへて、なお大仏に負けていない敬虔さを感じてしまう小品である。 ...続きを見る

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2009/05/04 14:05
奈良随想
奈良随想 実は今日はお休み。家のなかでうだうだしている。本当は京都か奈良へでもブラリと行きたいのだが、ゴールデンウィークの混雑を考えるとあまり気が進まない。そこで去年の今頃は何をしていたか考えたら、やはり奈良に行っていたことを思い出した。  そのとき、ブラリと入った骨董屋さんで買ったのが室生寺の籾塔。(右) 深く沈んだ「丹」(に:朱)色に惹かれて買ってしまった。おそらくは八万四千基つくられたもの。その造形などから上限とされる鎌倉時代後期のものと思われる。残念なことに籾と陀羅尼経は失われているが可愛らし... ...続きを見る

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2009/05/04 10:56

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