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zoom RSS テーマ「古陶磁」のブログ記事

みんなの「古陶磁」ブログ

タイトル 日 時
お知らせ
都合により当分の間,「たかぽんつれづれ日記」をお休みします。 そのかわり,同様のジャンル「骨董」ほかで書いていますヤフーブログの「短冊探訪記」のほうをご笑覧いただけたら幸甚です。よろしくお願い致します。                          たかぽん 拝 ...続きを見る

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2011/05/30 21:06
牛の水滴
牛の水滴 東京骨董小旅行のつづき。 猫の皿のとなりに鎮座していた黄色い牛。 掌に乗る大きさのそれは雄々しくて小さいのに十分な存在感。 一見恐そうにみえて。よくみるとわずかに開いた口元と円な瞳が可愛らしい。 おそらくは清朝末期か民国時代の黄交趾の小品で、これもまた、猫の皿と同じく 歌人 吉井 勇の旧蔵にかかるもの。 歌人の机上にあってほとばしる創作の泉を具象化するのに一役買っていたであろう彼(牛)も今は静かに身を休めている。 ...続きを見る

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2011/04/02 09:30
渦巻の碗
渦巻の碗  昨日から岐阜県多治見市のギャラリー『ギャルリ百草』で催されている長谷川竹次郎さんの展覧会『竹次郎の動物園』に出かけた私。 何を買ったかは今のところ内緒であるが、今ひとつの目的はギャラリーの主人、安藤雅信さんに以前買った志野の碗を見せようというもの。と、いうのは週末は竹次郎さんが竹次郎さん愛用のお茶碗で、お茶をたててくださるという、「週末茶会」に持参してこれでお茶を振る舞っていただこうという魂胆である。 ともなれば竹次郎さんや安藤さんに多少は「ほうっ。」と感心してもらえるものは何かな。と考え... ...続きを見る

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2011/03/20 22:04
ビアンコとヌアール
ビアンコとヌアール 1ヶ月ほど前に届いたAさんからのメール。 「今、ネットにうちの犬コロの兄弟がでてるよ。」との言葉にさっそくチェックしてみると、「李朝初期黒釉犬像」という大仰なキャプションとはうらはらに、確かに昨年来、我が家に招来しているAさんちの犬とは兄弟とおぼしき犬のテラコッタが。異なるのはその色でAさんちの犬コロが白いのに対し、その犬は漆黒ともいえるような黒。 さっそくこの犬にもご招来いただくことと相なりぬ。 首をもたげて尾をふる姿は凛として愛くるしくおよそ600年も前におそらくは現代と同じ可愛いとい... ...続きを見る

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2011/03/18 20:57
猿と兎と
猿と兎と これもまた、もうひとつのブログ、『短冊探訪記』に「やさぐれ猿の親分」として登場した白磁の猿どの。おそらく彼にものを言わせたならば「手前、生国は尾張は瀬戸の郷、文化壬申九つの歳の生まれにて云々」なんておっしゃるのではなかろうか。文化9(1812)年云々は私の全くの想像ではあるがそんなに大差はないような気がする。一見、強面ではあるがよくよく拝見すれば人情(この場合は猿情か?)あふれた顔をしている。 次に、この兎年、本棚の奥から突如現れた一羽の兎。 波間を跳ぶ兎の姿はまさに『因幡の白兎』そのもので... ...続きを見る

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2011/02/26 23:46
見捨てがたきもの〜
見捨てがたきもの〜 「最近、とんとブログを書いていませんね。ネタ切れですか。」なんて言われたりする。 「まあ。そうかもしれません。」つい面倒くさくなってそう答えてしまう。とはいえ、実際はもうひとつのブログ『短冊探訪記』に日々つらつらと書きつらね、クダをまいているわけで根っからの筆無精というわけでもない。ただし、あちらは文章のみ、(画像は『たかぽんつれづれ日記』参照。)なんて具合。 それでもさすがに、こればっかりは「画像がみたいですね。」というコメントをいただき、 なにかと問われれば、『越前お歯黒壺の蓋』。古伊... ...続きを見る

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2011/02/26 23:19
暖かな赤
暖かな赤 新年早々、でかけた旅先で弥生の碗を買った。 はじめて見た印象は「暖かいな。」というものだった。 外が寒かったからではない。 それでも確かにお店の中でこの碗のまわりに暖かさを感じていた。 「緋色」なのだろうか。 弥生時代の人々の生活のなかで、まるで太陽を呑み込んだかのような鮮やかで柔らかな赤いうつわ。 きっと古代の人々もこれを日々使いながら同じような感想を抱(いだ)いたひともいたにちがいない。 この碗をみていたらふいに、千家元麿の「星よ地球の友達よ 君達の方にも人類はいますか。そちら... ...続きを見る

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2011/01/21 00:06
謹賀新年
謹賀新年 あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。                                                                                    たかぽん 拝 ...続きを見る

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2011/01/01 00:35
年の終わりに
年の終わりに 今日は大晦日。今年もはや残すところ数時間。 外は寒く、ちらほら雪が舞っている。 そうだ。今宵はこの雪にも似た志野の盃で一杯呑もう。 かくして年の瀬は更けてゆく。 ...続きを見る

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2010/12/31 20:47
猿の夫婦の
猿の夫婦の 日頃から「何か可愛い動物ものがほしい、ほしい。」と駄々をこねている私に、Aさんが「しょうがないなあ。」と情報を提供してくれたのがこの猿たち。実は犬も二匹ばかりいて皆、中国宋時代の産である。宋とはいってもおそらく南宋(1127〜1279)頃のものと思われる。なぜなら我が庵にも同時代の青白磁の小生意気な猿ドノが先客として逗留している(?)(『奈辺の小物たち〜宋 影青 猿』参照。)ためで、列べてみると皆、大概同じような背格好である。ただ、二匹とも右手を口にやっているので、初めて見た時には所謂(いわゆる... ...続きを見る

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2010/12/05 21:51
猫は語らず〜デルフトタイル
猫は語らず〜デルフトタイル くだんの骨董屋さんの棚に数枚並べられたブルーホワイトのスクエア。オランダ デルフトのタイルである。17世紀後半に造られたそれは、よく市井(しせい)に溢れるそれに較べて1世紀、百年ほど古い勘定になる。それより、そのタイルに描かれたデザイン。日向ぼっこでもしているのか、農夫らしき若者がくつろぎ、その傍らには若者に背をむけて春の陽気を楽しんでいるかのごとき2匹の猫。タイルの四方には蝶、それとも蜜蜂が配されて弛緩しがちな画面を引き締める。17世紀のオランダー東インド会社が世界の海へと乗り出し、それととも... ...続きを見る

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2010/10/30 01:21
いぬは息災
いぬは息災 「今晩、Aさんが来るけど一緒にご飯食べませんか?」とのくだんの友人からのお誘いに「行く行く。」とふたつ返事でOKしたのは昨日の昼過ぎ。仕事を終えて友人の家へと向かった。Aさんとは今年の春、東京の「ギャラリーブリキ星」最後の日に初対面。Aさんが買おうかな。と思っていたビザンチン陶器をそうとは知らず横からかすめ取って私が買ってしまった。その後、このブログに掲載した東大寺の千体仏を見たAさんからお手紙をいただいたにも関わらず、返事を出しそびれていたところに、くだんの友人が「すごい人がいるよ。」と紹介さ... ...続きを見る

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2010/10/18 02:16
夢をかなえて
夢をかなえて 以前にも触れたが、中学生時代、体験ボランティアで弥生時代の遺跡発掘に参加したことがある。移植ゴテで丁寧に表層の土を除く緊張感、何かを自分で発見できるかもしれない高揚感でいっぱいだった少年の日の思い出。あのとき、近くにいた人が見つけたほぼ完器の土器。心の底に疼いた羨望の眼差し。そんなせいだろう、今でも古代の遺物をみると胸がときめく。高校生のとき、骨董屋さんで見かけた古墳時代の平瓶。やはりほぼ完器でたっぷりと自然釉のかかったそれは、思春期における憧れのひとつだった。あのときは丁度、バブルの終盤期で何... ...続きを見る

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2010/10/15 23:52
一碗耽溺
一碗耽溺 『一生一碗』ーそんな言葉を聞いたのはいつのことだっただろう。一生にこの一碗さえあればよい。といえるほどの名品がほしい。という意味であろうか。もちろん、私はそんな名品を持ち合わせてはおらず、そこまでのものに巡り会ってもいない。どんな焼き物が好きかと訊ねられてもおそらく即答はできない。唐津も李朝も志野も織部もどんなものでも琴線に触れるものはなんでも好き。あえて一碗挙げるとすれば、光悦の『不二山』とでも答えるだろうが、実際に手に入れることは夢のまた夢。 それならば、敢えて身近にある器では。と想い巡ら... ...続きを見る

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2010/08/28 03:31
アユタヤのこぶ牛〜金工家 長谷川竹次郎さんの眼
アユタヤのこぶ牛〜金工家 長谷川竹次郎さんの眼 くだんの友人と長谷川竹次郎さんの家を訪ねた或る日のこと。 友人はすでに着いており主人がたててくださるお茶を喫している。「やあ。」と亭主の竹次郎さん。「こんばんは。遊びに来ました。」挨拶もそこそこにあたりを見回す私。 また、新たな発見が。竹次郎さんの眼に選び抜かれた古陶磁や古玩の数々。 どれも好もしい。「どれで飲む。」と訊かれて「今日も持ってきました。」と遠慮のない私。 「どんなもの持って来たの?」と訊ねられ「これ。」と茶碗を差し出す。「あ、これはいいよ。」と誉めてくださる先生の言葉が耳に... ...続きを見る

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2010/08/14 00:02
古代の水筒
古代の水筒  正確にいつの時代のものか、私にはわからない。箱には覚え書き程度に「インカ 土器」と書かれているのみで売り手も買い手も正確なことは知らないのだが、ただ唯一、造形が楽しいということのみは一致した見解である。ペルーのいわゆる研磨土器で水筒を想わせる姿になにやら獣面のような「顔」が付いている。店の主人は「人の顔ではないか。」というのだがどちらであろうか。 すこし、もの識りの知人にいわせるとインカ文明よりは少し古いシカン文化(紀元700年〜1300年頃)のものではないか。とのことであった。シカン文明と... ...続きを見る

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2010/08/11 23:48
陶(すえ)に想う
陶(すえ)に想う 夏はその暑さのためか、身の周りにちょっとした水気(みずけ)のものが置きたくなる。もちろん、表面に水滴が生じたガラスの器もよいのだが、それ以上に土気(つちけ)の器(うつわ)の飾り気のないものが、水気を帯びて一瞬にその表情を変えるといった状況の変化こそが、より涼感を得られるような気がして好ましく思う。とはいえ、弥生や縄文といった土器に水を入れたならば一瞬にしてだだ漏れとなり涼を感じるといった心のゆとりは即座に消え失せてしまうだろう。第一、土器いうものは枯れ果ててなお、そこに在る美しさを愛でたいと思う... ...続きを見る

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2010/08/10 20:55
奈辺の小物たち〜両班のぼたん
奈辺の小物たち〜両班のぼたん このボタンに最初に出会ったのは金工家 長谷川竹次郎さんの工房であった。小さくとも紛うこと無き高麗青磁の小物が可愛らしくて思わず手に取った私に「高麗と李朝のボタンだよ。」と一見こともなげな様子だが、愛蔵の品であることが容易に察せられて、「頒けてください。」とは言い出しかねた。それから1年、骨董市で偶然見かけた同手のボタン。一も二もなく買ってみた。おおよそ3センチもあろうかと思われるボタンを掌中に玩びながら、かつてこれを身につけたであろう人のことを思い浮かべる。おそらくかの人は両班(やんばん)であっ... ...続きを見る

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2010/08/01 21:42
飯碗を楽しむ〜ある夜の晩餐
飯碗を楽しむ〜ある夜の晩餐 久しく訪れていない骨董屋さんのことをふと思いだし、「なにかあるかな。ちょっと行ってみよう。」と休日の骨董ウィンドーショッピングのつもりが、出かけてみればやはり。もののひとつ、ふたつはほしいもの。戸棚の飯碗にふと眼がいくのは「捨て眼が利く」というよりは売り手のおもう壺。といったところで、判っているものの古伊万里もやや上手(じょうて)の青磁の飯碗にかるく茶漬の一杯を書き込む自らの姿が脳裏に浮かんで、そっと手にとって眺めれば、付いている値段は今どき一寸、こ洒落たホテルで食べる鉄板焼一人前といったところ... ...続きを見る

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2010/07/05 01:23
思い出の壺〜
思い出の壺〜 長く骨董を蒐めているとなにやら「縁(えにし)」のようなものを感じることがある。手に入れて、手放して、それがまた巡ってくるといったような。 この壺もまさにそんなモノのひとつ。漢の緑釉の壺である。中国の鑑賞陶磁のなかでも発掘によってもたらされたものの値段は1970年代から1980年代の香港を経由したおびただしい数の国内流入によって今ではその市場価値が下落したことは周知のとおりではあるが、私がこの壺を初めて手に入れた1989年においては漸く一般のコレクターでも少し無理をすれば買えるかな。といった程度... ...続きを見る

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2010/06/12 14:32
ボクの骨董動物園〜金工家 長谷川竹次郎さんの眼
ボクの骨董動物園〜金工家 長谷川竹次郎さんの眼 長谷川家での田楽パーティーにお招きいただいていそいそと出かけた私。 竹次郎さんのアトリエでお茶を一服いただいていると私の眼は戸棚の一角に釘付けとなった。「こ、これは。」思わず手に取った小動物。それは唐三彩の兎である。首を前に突き出して臥していながらその眼は兎とは思えぬほどに厳しい。「兎の工芸は古いもの程、恐い顔をしている。」という何かで読んだ文章の一節を思いだした。 そんな兎を掌に包み込んだまま、黙りこくる私に対し、「可愛いよね。」という竹次郎先生の声は耳に優しい。私も「可愛いですね。」と一... ...続きを見る

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2010/06/07 01:58
酒器のコレクション〜その48 鍋島青磁四方盃
酒器のコレクション〜その48 鍋島青磁四方盃 四方盃、といってはみたものの元来は向付(むこうづけ)の離れであろう。店主の説明を聞きながら私にはその確信があった。「珍しい青磁ですね。」店に入ってきた私の第一声に、「そうなんですよ。鍋島青磁です。」と言うご主人。話をしながら私はあることを思いだしていた。今をさること20年ほど前、祖母の家を訪れた際に古ぼけた木箱のなかに十数客の輪花の形をした青磁の向付があった。箱には二十客と書いてあったのにいつしか破損したのか少し数が足りない。箱には黒々とした字で「松平肥前守様より拝領云々」という一文と江戸時代も... ...続きを見る

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2010/05/05 02:21
沈思翰藻を求めて〜
沈思翰藻を求めて〜 気がついてみると昨年5月にこのブログを書き始めて以来、今回で300話となる。確か始めたのが5月4日であったからほぼ一年たつ勘定だが、我ながらよくもまあ、駄文を書き連ねてきたものだ。と感心してしまった。確か書き始めたその夜も掲載の山盃片手に酔いながら書いていた。今宵もまた然り。考えてみると古今東西、酒は人生の友であった。その最たる人物が李白(701〜762)、言わず知れた中国文学史上、最高の文人であり詩仙である。その反面、彼は生涯、酒をこよなく愛し、同時代の詩聖 杜甫(712〜770)により「飲中... ...続きを見る

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2010/05/02 01:45
酒器のコレクション〜その47 李朝 分院手白磁平盃
酒器のコレクション〜その47 李朝 分院手白磁平盃 前述の犬を買った帰り、すこし足をのばしてくだんの骨董屋さんへやってきた私。当初の予算を著しく残した(?)結果、財布の紐はやや弛みがちである。ならば、残して貯金すればいいのにというのが常識ある人の謂いであるが、そこで何か買ってしまうのが骨董好きたる由縁であって当分この病気は治りそうにない。(しかし、当人がちっとも治りたがっていないのが厄介なことなのだが。)そこでさっそく何かないかと店の中をまるで熊のように徘徊して甘い密を探しもとめるのであるからそのうち、腕利きのハンターによって撃ちしとめられないか... ...続きを見る

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2010/05/02 00:21
犬の貴婦人
犬の貴婦人 この犬は店の片隅にちょこんと座っていた。ごったがえす人とモノの雑踏を避けるかの如く、店の棚の片隅に、それでも悠然と座っていたこの犬。そのくせ、少しだけ首を傾げたその仕草とつぶらな瞳がいかにも人なつっこく愛嬌があふれていて可愛らしい。 「うん?この犬はもしかしてウチのエテ公の親類かしらん。」と架蔵の宋代の青白磁の猿の自慢げな顔が目に浮かぶ。一瞬で気に入ったが「犬猿の仲」という言葉もあるしなあ。などととりとめもない考えが頭をよぎって伸ばした手を一旦はひっこめたのだが、玉を抱えた犬が、「私を家に連れ... ...続きを見る

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2010/05/01 21:06
奈辺の小物たち
奈辺の小物たち 「何だろう、これ。」まるで熟(こな)れた古い鉄片か石を彷彿とさせるモノを思わず手に取ってみる。「あ、これ、陶器の箸置きですね。」という私の自問自答に、もの静かな店のご主人が「それ、常滑だとおもいますよ。」と仰る。「上京の折りには是非、行ってみたい。」と思っていたあるお店での一コマ。 肌寒い春の穀雨をBGMとした店の中はなにやら暗闇の中にほんわかと浮かび上がる明かりが暖かく、まさに映画のワンシーンのようである。 それはさておき、手に取ったそれは、確かに瓦のような質感で、瓦の名産地として知られる... ...続きを見る

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2010/04/25 02:59
古代の煌めき〜縄文土器 破片
古代の煌めき〜縄文土器 破片  所用で上京したある日の昼さがり。都会の喧噪に押し流されそうになりながら、それを逃れんとするかのように一筋、脇道に入ると、さきほどまでとはうって変わったのような閑静な通りへと入り込む。歩きながらふと顔をあげれば、いつのまにか聞き覚えのある古玩舗の前に立っていた私。  有名な、そのお店の展覧会の冊子に心惹かれた商品を見つけ、一晩、悩んだ挙げ句、意を決して電話したならば、「昨日、売れました。」というお返事に、大きな喪失感と、どこか安堵感を覚えたことが思いだされる。モノとの出会いは一期一会、そんな言... ...続きを見る

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2010/04/25 02:18
酒器のコレクション〜その44 伝 旦入 黒楽ぐい呑み
酒器のコレクション〜その44 伝 旦入 黒楽ぐい呑み  骨董の世にありそうであまりないもの。そのひとつが楽(らく)のぐい呑みではなかろうか。そもそも昔はその造る数も厳格に決められたという伝承のある楽代々の作品でぐい呑みは茶碗と同じくらい手間のかかるものらしい。だからその真贋もまた極めて難しい。それでも本来は共箱であるはずの楽がその箱を失えば、その真贋を見極めるのは素人にはさらに難しいとしかいいようがない。その手だては器の高台に捺された「楽」の印と釉調、器自身の出来に拠るしかない。しかし、架蔵のおなじ旦入(10代:1795〜1854)の赤楽ぐい呑みの... ...続きを見る

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2009/12/20 23:42
ボクの骨董動物園〜宋胡碌の象
ボクの骨董動物園〜宋胡碌の象  時折、人に訊かれることのひとつに、「あなたがモノを蒐める基準はなんですか。」というものがある。古筆や短冊、酒器をはじめ、骨董とは呼べないような、いわゆるジャンクといわれるものまで、指摘されるまでもなく、私のコレクションは一見、雑多でとりとめのないもののようにみえる(らしい。)実際、玉石混淆、魑魅魍魎。私のコレクションはいわゆるひとつの「カオス」である。   しかし、当然のことながらその蒐集には基準があって、@自分がほしいと思うものA楽しいと思えるものB使いたいとおもうものC美しいとおもえるも... ...続きを見る

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2009/12/02 21:39
酒器のコレクション〜その43 古備前徳利
酒器のコレクション〜その43 古備前徳利  ことさら寒くなったこの頃、そろそろ寒空に冴え渡る月でも観ながら一杯やろうか。と取り出(いだ)したる徳利、ひとつ。さては念願の雪見酒も近いかと無地志野の盃(前出)とのコントラストも宜しかろう。などと呑む前からすでに酔っている。それでも気を取り直して少しばかり燗した酒をちびりちびりとやっている。最近、とみにあまり酒に強くないので1合も呑めば随分とほろよいかげんとなっていつの間にか寝てしまうのだが、それに相伴してくれるのがこの徳利。古備前とはいえ江戸中期くらいのものではあるが、私的にはまず、分相応と... ...続きを見る

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2009/11/23 03:06
奈辺の小物たち〜古信楽 鹿形皿
奈辺の小物たち〜古信楽 鹿形皿   「奈良に住んでいる人々は早起きだ。」という話を昔、ある方からお聞きしたことがある。その理由は「奈良では鹿は神様のお使いなので、もし、朝方、自分の家の前で死んでいるようなことがあると縁起が悪いというので確かめるために早起きになった。。。」という。もちろん、これは子供たちを納得させる俗説なのであろうが、当時、まさに神様にお使えしていた故人が仰っていたので、妙に納得した覚えがある。  それはさておき、鹿が春日大社の祭神のお使いであることは間違いない話で、「神獣」であることには変わりはない。それゆ... ...続きを見る

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2009/11/22 01:01
永遠(とわ)に変わらないもののかたち〜宋胡碌 母子像
永遠(とわ)に変わらないもののかたち〜宋胡碌 母子像  いつ手に入れたかは忘れてしまったが、時折無性に眺めたくなるものがある。そんなもののひとつがこの宋胡碌の『母子像』である。宋胡碌とは現在のタイ、カンボジア地域に栄えたアユタヤ王朝時代の焼物で青磁や染付の香合などが日本の茶の湯に取り入れられ珍重された。 また、その一方で象などをはじめとする動物や母子像などの土偶などが数多く造られた。  これらの造形は一見、稚拙でほんの手慰みに造られたのではなかろうかと想われるが、よくよく眺めるとその表情の豊かさに驚かされる。私がはじめて宋胡碌の焼物に出会ったの... ...続きを見る

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2009/11/10 23:29
雪輪の碗〜仁孝天皇 御料茶碗
雪輪の碗〜仁孝天皇 御料茶碗  今日は昨日に較べるとやや寒気も和らいだようだ。それにしても北海道などでは昨日十数センチの積雪があったとか。いよいよ冬の到来も真近になりつつある。こんな季節は磁器ではなく土もの(陶器)の飯碗などで温かい丼物など食べたくなるのは私の生来の喰い意地のなすところではあるが、季節外れのようでそうでもないか。と迷える器がある。第百二十代 仁孝天皇(にんこうてんのう:1800〜1846。在位:1817〜1846)がお使いになった御料茶碗でそこには当時は珍しい『雪輪』模様が描かれている。雪輪模様は1833年、... ...続きを見る

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2009/11/04 22:56
奈辺の小物たち〜孝明天皇御料御茶碗
奈辺の小物たち〜孝明天皇御料御茶碗  東洋文庫の『幕末の宮廷』という本のなかで口述者の下橋敬長(しもはし ゆきおさ:1845〜1924)が御料食器(ごりょうしょっき)についてふれている。御料食器とは天皇がお使いになった食器類のことで、大概は有田焼の染付の碗が多く、現在でも結構な数が残っている。 江戸時代は帝(みかど)がお箸をつけた残りを女官たちが「おさがり」としていただく習慣があったらしく、そのついでにお使いになった食器ごと下賜されたという逸話なのだが、公(おおやけ)の御下賜というより半ば私的な頂き物であった関係から、その伝来や... ...続きを見る

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2009/10/28 21:42
架蔵名品撰 7〜乾山 作 角鉢
架蔵名品撰 7〜乾山 作 角鉢  私が唯一持っている琳派の作品、それがこの乾山の「松林」の角鉢である。いわゆる『絵高麗手』 という銹絵の類で、現存する乾山の作品の大半がこの範疇に入るらしい。  このキノコのような松がまるでマシュマロのようで可愛らしい。兄、光琳の影響を色濃く感じさせる。 周囲は雲堂手というべきか。よく似た牡丹の角鉢が知られている。 銘の書風から乾山の壮年期、鳴滝時代のものなのだそうだ。  この佳品がわが貧庫に招来してから数年。数寄者の柴山笑庵氏に箱書をしてもらい秘蔵してきた。 先日、初めて茶会に用いた... ...続きを見る

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2009/10/27 23:23
架蔵名品撰  6〜高麗青磁白黒象嵌梅瓶
架蔵名品撰  6〜高麗青磁白黒象嵌梅瓶  初秋の枯れかけた草原のような青にのびやかに撓る柳。その隣にはデフォルメされたなにかの草花。  ある年の春、我が庵(いほ)に迷い込んだ隣国の賓客。 これが雨過天晴の青ならばどこかの王宮(美術館)に鎮座ましましていることだろう。 でも、この侘びた器胎の色合いがとても好きである。 ただ眺めて時は過ぎ行く。 ...続きを見る

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2009/10/23 23:06
奈辺の小物たち〜宋 影青 猿
奈辺の小物たち〜宋 影青 猿  偶然覗いたある古美術店のホームページにその猿はいた。片膝をついて胡座をかく一匹の猿。私は彼の輩(ともがら)を知っていた。それはくだんの友人の家に棲んでいる一匹の猿である。小さいながらも遠くをみつめるその風貌は彼の偉大な彫刻、『老猿』を彷彿とさせ、一目みたときから割愛を願っているのだがなかなか色よい返事はもらえない。ホームページの猿は大きさといい、愛嬌ある風貌といい、彼ら二匹は確実に年のはなれた兄弟であろうと勝手に想像をふくらませるのである。生まれは、この猿が中国 宋代であるのに対し、友人の猿は... ...続きを見る

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2009/09/02 00:35
酒器のコレクション〜その38 古唐津平盃
酒器のコレクション〜その38 古唐津平盃 この盃は今や我が家の最古参の酒器のひとつである。決して高いものではない。おそらくは小皿として生(せい)を受け、その「火ぶくれ」のために世に出ることなく物原(ものはら)に打ち捨てられたであろうそれは、いつの世にか見いだされ欠けた口縁は丁寧に繕われて再び、生を受けた。一見、痛々しくも見えるその火ぶくれを、醜いとは感じることなく、どこか愛嬌すらおぼえて手に入れたのは何年前のことだろう。なぜか逸る気持ちを抑えながら家路を急ぎ、深夜、灯火のもとに酒を注ぐ。するとどうだろう。盃そのものが酔ったかのごとく器胎... ...続きを見る

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2009/08/29 23:57
酒器のコレクション〜その36 山盃 
酒器のコレクション〜その36 山盃  友人の影響を受けて山茶碗に興味を持って以来、この素朴な焼物が気になって仕方がない。そのため、自然にこの手のものが奈辺に集まることとなる。なかでも自然釉のたっぷり降り掛かった天場といわれる重ね焼かれた一番上のものがほしいと思うのは世の万人の常ではあるものの、天場は当然のことながら幾十にひとつしかない。それでもほしいなあと念じていればその願いは通づることもあるもので、くだんのギャラリーにひょっこり現れた山盃ひとつ。口縁にカケを銀で直してもらい、その景色を漏れいづる月の光に見立てて、さらにひとひねり。... ...続きを見る

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2009/08/27 21:24
酒器のコレクション〜その35 黄瀬戸徳利
酒器のコレクション〜その35 黄瀬戸徳利 今年の短い夏はいつの間にか盛りを過ぎ、吹く風もすっかり秋めいてきた。今年の夏、友人とでかけた骨董探訪旅行の折りに、初めて骨董市の露店で買ったのがこの徳利。今までフランスのクリニャンクールやイギリスのポートベローなどではスプーンなど買ったことがあったのだが、実は日本の野外の骨董市で買ったことがなかった。「行ってみる?」と誘われてでかけた今にも雨が降り出してきそうな夕方。まわりでは崩れかけた天気を気にしてか早々に店じまいをはじめている。初めは何も買う気がなかったのに急に物欲しくなるから不思議だ。「何... ...続きを見る

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2009/08/25 23:34
酒器のコレクション〜その34 鹿文染付徳利
酒器のコレクション〜その34 鹿文染付徳利  鹿好きのついでにもう一題。私の好きなもの、清の染付(そめつけ)。ただし、上手(じょうて)なものほど良い。このふたつの条件が具現化したような徳利がこれである。『青華頸芭蕉文松樹下双鹿徳利』などといえばなにやら大層な名品のようにも聴こえるがその実(じつ)は清代中期頃の民窯の上手な徳利といったところである。数年前、図柄の可愛さに一目惚れして買ったもの。骨董屋の主人は「清朝の民窯ですから。」と、さほど興味もなさ気に譲ってくれたのだが、清も二百数十年も続いた中国 最後の王朝であり、20世紀初頭の最末期の... ...続きを見る

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2009/08/10 18:34
酒器のコレクション〜その33 黄瀬戸盃
酒器のコレクション〜その33 黄瀬戸盃  酒の器、いわゆるぐい呑み好きにとって垂涎の一品といえば桃山時代の黄瀬戸の六角盃に帰するといっても過言ではないが、実際に手にすることはひとつの盃に一財産を傾ける覚悟でも固めなければなかなか実現する話ではない。それどころか昨今、黄瀬戸の盃そのものが数少なくなかなかお目にかからない。そんななかで出逢ったのがこの黄瀬戸の小盃。もともと岐阜県の陶芸家の旧蔵品である。くだんのギャラリーでこれを見つけたとき、私は即座に手に取って「買います。」と宣言したものだ。小ぶりながらもまごうことなき桃山(時代)黄瀬戸で... ...続きを見る

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2009/08/09 02:58
架蔵名品撰2〜宋代 定窯 花紋皿
架蔵名品撰2〜宋代 定窯 花紋皿 折に触れてここかしこに書いているが私は中国古陶磁が好きである。それは漢時代の緑釉の壺であったり唐三彩の盃であったり清の官窯であったりするのだが、その王道ともいうべき青磁や白磁はほとんど持っていない。もちろん、南宋官窯の青磁などはほとんどお目にかかることがないのだが、そんななかでこれは。というのがこの盤である。宋代の白磁の名窯、定窯(ていよう)の皿で伊勢の豪商の家に伝世したもの。元々、『白高麗』の皿として伝わってきたものらしい。数年前にこれを頒けてくださったお店の主人も「白高麗なんてものがあるんで... ...続きを見る

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2009/08/07 23:46
古代の太陽〜弥生小壺
古代の太陽〜弥生小壺 今日も雨が降っていた。この1週間はまだ降りつづくようだ。私は決して雨が嫌いではないがそろそろ暑い夏の太陽が恋しくもなる。そんなときギャラリーの片隅に見つけたのがこの壺。まるでビスケットのように硬く焼き締められた小さな壺。一見、なんの装飾性もない。それでありながら器胎の全面をほのかに染める朱色は火による寓意か、それと人為的な装飾の賜物であろうか。よくわからない。ただ奈辺にあって古代の太陽を壺中に宿し素朴でありながら力強くただそこにある。 ...続きを見る

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2009/08/02 17:18
雨漏の碗〜李朝 無地刷毛目茶碗
雨漏の碗〜李朝 無地刷毛目茶碗 いまさら言うまでもないが私は「茶碗好き」である。茶の湯の作法については全くわかっていないのだが、なぜか茶碗に心魅かれる。そのなかで特に好きなのが白い茶碗である。「白、赤、黒の順に好き・」というなにやら判らないことを言った私にくだんのギャラリーの主人は「日本人ですね〜。」というさらに判らない返事をしていた。実際、李朝の粉引、無地刷毛目、清朝の釉裏紅、赤楽、黒楽、唐津、薩摩が好き、ようは気に入れば何でも好きなのである。ときに魅入られるような不思議な感覚に陥るのであるから概して骨董好きは困ったものであ... ...続きを見る

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2009/07/31 23:15
夕立の茶碗
夕立の茶碗 中古伝世の古唐津の小服茶碗である。数年前、くだんの骨董屋さんのオークションで買ったもの。買ってから気がついたのだが実はこの茶碗、昔、私が持っていたものである。うん?こいつ、気でもふれたか?と思われても仕方がないのだが、作り話でもなんでもなく、確かにこの茶碗を私が持っていたのである。初めて買った唐津がこれであった。うれしくて京都まで持ち歩き、ある古刹の呈茶席でこれを出して、「これでお願いします。」なんてやった覚えがある。偶然寺内においでであったご住職が、「変な子がきています。」とでも聞いたのだろう... ...続きを見る

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2009/07/31 17:53
骨董集めの必需品?〜黄交址 酸漿置物
骨董集めの必需品?〜黄交址 酸漿置物 何に使ったものだろう。初めて見たときの感想はこれである。下には穴が空いている。一見、水滴のような水盂のような。しかし水滴にしては硯に水を注ぐ穴がない。水盂としては匙を入れる穴が小さすぎる。はてさて。ひっくり返して気がついた。あ、これはホオズキだ。赤くなる前の黄色みがかったホオズキである。よくみれば、ほのかに青みが残り、器胎全体を覆う縦横無尽の無数の貫入がより写実性を強調している。中国清朝の黄交址である。ホオズキの原産地は東南アジアであるからこれも頷ける。中国では酸漿とか鬼灯というのだそうだ。小さ... ...続きを見る

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2009/07/29 20:38
酒器のコレクション〜その30 七官青磁盃
酒器のコレクション〜その30 七官青磁盃 青磁はなんの色だろう。などと時折考える。今では耀州窯、龍泉窯、南宋官窯など多くの分類がなされているが骨董用語でいうならば砧(宋)、天竜寺(元)、七官(明)くらいの大まかな分類でしかなかったらしい。昔は今以上に高価で(とはいうもの、今でも耀州窯や南宋官窯の名品などはとても買えそうにないが。)、それに較べると私が骨董に興味を持ち始めた頃は天竜寺青磁の双魚文の皿や鉢などが骨董屋さんの店先に並べてあったのをよく目にした。最近、あまり見かけないのはさらに値崩れして安くなってしまったためであろうか。などと思... ...続きを見る

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2009/07/27 22:28
酒器のコレクション〜その27 元代 黒釉盃
酒器のコレクション〜その27 元代 黒釉盃 例のギャラリーを訪れる度になんとなく気になっていた小碗。かといって買おうと思い切るほどのものでもない。まあ、いつでも買えるから。と思いながら、棚の片隅に残っているのを眼の端で確認しては、ああ、まだあるな。となぜか安心する。そんなことが幾度かあって、骨董好きが時折陥る『骨董欲』、平たく言えば『買いたい病』による枯渇感に見舞われたとき、意を決して主人に値段を訊いてみる。思ったより更に安い。思えば初めて中国古陶磁に興味を持ったとき以来、この手のモノは本当に安くなった感がある。かわりに清朝の官窯磁器は高... ...続きを見る

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2009/07/17 22:50
奈辺の器たち〜その5 常滑山茶碗
奈辺の器たち〜その5 常滑山茶碗 山茶碗〜20数年前、その破片を求めて雨上がりの古窯址をそれとなく散策してみたものだ。もちろん、なんの知識もない学生がふらついたところで拾えるほどあまくはないのだが、なんの収穫(?)もないまま、くたくたの足で立ち寄った骨董屋でブチ割れのそれを貰って帰り一晩、机の上において眺めていたことを思いだす。そして、全く同じ道程を辿り、そのさらに先を行って山茶碗を愛好する例の友人に畏敬の念すら感じざるをえない。その影響もあって極最近手に入れたのがこれ。硬く焼き上がった肌に自然釉がアクセントとなった佳い姿の山茶... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/07/15 22:40
寝苦しい夜は〜清代 陶枕
最近は連日の梅雨のせいか湿度も高く、熱帯夜で寝苦しい夜が続いている。そのせいか朝起きることがつらい。こんなとき出してくるのがこの枕。清代の陶器製の枕、陶枕(とうちん)である。頭をのせるとひんやりとして気持ちがよい。しかし、長い時間使っているわけにはいかないので、実際にはほとんど眺めるだけなのだが、それでも気分は心なしか涼々としてくる。染付の青と雲がさらに涼感を促し、一対の燕黒(つばくろ)が吉夢を誘う。割れるのを防ぐための側壁の透かし彫りの内に芳香漂う練り香でもしのばせて羽化登仙の心持ちで一睡の夢... ...続きを見る

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2009/07/05 20:03
奈辺の器たち〜その4 古唐津茶碗 米秤(よねばかり)
暑くジメジメした日が続いている。こんな日はいっそ襟を正して茶を喫しシャンとしたいなどと考えるのだがなかなか思うようにはならない。結局、グダグダと時間だけが過ぎて行く。しかし、「この茶碗でお茶を飲もう。」といつも想い描くのが、架蔵のこの碗。古唐津は小服の米秤(よねばかり)である。時代は桃山時代のもの。もともと、こうした器で米を秤ったためにそう呼ぶのだとか。もっと大きさがあれば「奥高麗です。」などと吹きたくもなる。道具としての次第はなにとてないが伝世の碗であることが嬉しい。元来、茶の作法も知らず、た... ...続きを見る

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2009/07/01 22:30
酒器のコレクション〜その23 清代彷製 宋磁 青白磁輪花馬上盃
わが敬愛する小説家 陳舜臣の作品に『景徳鎮からの贈り物』という短編小説がある。そのなかで清代、雍正時代の官窯ではさかんに宋磁(宋代の磁器)の彷製が造られ、今でも(宋代の)本物として紛れ込んでいることがあるという一節がある。はじめて読んだときには宋時代の焼物と清時代の焼物が見分けがつかないわけはなかろう。さすがに作者の誇張なのかもしれない。と思っていたのだが、最近、まさにそのようなモノに出会うことができた。例(くだん)のギャラリーの店頭でこれをみたとき、そのあまりの端正さに宋代の陰青(インチン)、... ...続きを見る

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2009/06/27 22:18
奈辺の器たち〜その3 御用食器『兎文皿』
古伊万里の上手(じょうて)のもののなかに『御用(ごよう)食器』と呼ばれる一群のものがある。精緻で薄造りなものも多く、ときに同じ肥前地方の焼物である平戸焼(ひらどやき)であると思われていたりもするのだが、実はれっきとした有田焼である。今もその家系が連綿と続く辻(つじ)家という窯元が寛文4(1664)年、第112代 霊元天皇の勅により禁裏(宮中)御用の食器を納めはじめたといわれているが、実際、現在その遺品が多く残っているのは第119代 光格天皇の頃からである。そのデザインは面白いものが多く、私もいく... ...続きを見る

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2009/06/26 23:17

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