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みんなの「仏像」ブログ

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小さな神様〜『弁財天十五童子』
小さな神様〜『弁財天十五童子』 新年早々、奈良から飛来した(実際には私が買いに行ったのだが。)神様ふたり。一人は壺を抱え、もうひとりもなにやら持っている。 背の丈は5センチに満たない。まさに一寸法師のような小さな神様。 弁財天に近侍する『弁財天十五童子』の内。『弁財天〜』の思想は室町時代を起源とするらしい。あるいは、その流行が室町時代に始まったと云うことか。 この像は室町時代とまでは明確にいえないが近世以前(室町末期から江戸時代初期ころ)の作らしい。 精緻な木彫で表情が愛くるしい。 主人である弁財天やほかの十三人の同... ...続きを見る

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2011/01/08 23:45
奈辺の小物たち〜天部の手
奈辺の小物たち〜天部の手 仏像を眺めるとき、まずどこからみるか。ーもちろん、人によって意見は様々。また見る対象によっても異なるのは言うまでもない。最近では大ブームを巻き起こした奈良 興福寺の阿修羅像。昔から有名なものだが博物館での斬新な演出展示も功をなしてモナリザ以来の空前の拝観者数を誇ったと聞く。あの一見、憂いに満ちたような玄妙な表情は、確かにまず、その顔(かんばせ)に眼が行くのは当然であろう。ほかにも蓮華王院の神将像はそのダイナミックな動きに眼を奪われる。 それはともかく、観仏の際に特に気になるのはやはりその手であ... ...続きを見る

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2010/11/24 22:43
天部を眺めて
天部を眺めて 時折、ふと京都、奈良に仏像が観に行きたいなどと考えるのだが、なかなか時間もなく、またこの暑さでおもいきってどこかへでかけようという気すらおきないのが現状である。 それなら家にあるものでも眺めて少しその気分に浸ろうかという安直な考えでいつもは鬼門の方向を守っている(?)小さな天部を持ち出してみる。 像高は台部を含めて30センチくらい。全体に胡粉と鮮やかな朱や緑、青などの彩色が残っているために、一見、江戸時代くらいのものに見えるが実際は室町時代くらいのものだそうだ。手を腰にあてて遠く先をみつめる... ...続きを見る

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2010/08/14 09:56
祈りのかたち
祈りのかたち  ここに一体の地蔵尊がある。掌のなかにすっぽりと収まってしまう大きさで決して華美ではなく、長き風雪を堪えてきたかのごとき御仏(みほとけ)の姿。後からついてくる数多の衆生に気づかうかのごとく御顔をすこし傾けている。奈良の古刹 元興寺極楽坊に伝来した中世の人々の祈りのかたち。千体地蔵尊。  胡粉も剥げ落ち、多数の虫穴に見舞われながら今まさに朽ち果てんとする御姿は一片の木っ端に似たり。それでいて限りなく愛らしく、尊く、さらに造仏から数百年をへてなお、現代の迷える私をも救ってくださりそうな「お地蔵さま... ...続きを見る

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2009/11/15 16:53

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